大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

京都地方裁判所 平成3年(ワ)2566号 判決

原告

朝岡亮介

右未成年者につき法定代理人親権者父

朝岡雅廣

同母

朝岡淑恵

右原告訴訟代理人弁護士

高田良爾

被告

京福電気鉄道株式会社

右代表者代表取締役

岩田次男

被告

田中輝一

右被告ら訴訟代理人弁護士

田辺照雄

主文

一  被告らは各自原告に対し金一〇一二万九七八二円及びこれに対する平成二年二月二三日から支払い済みまで年五%の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は一〇分し、その九を原告の、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一求める裁判

被告らは各自原告に対しそれぞれ金一億〇七三〇万五三四〇円及びこれに対する平成二年二月二三日から支払い済みまで年五%の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

原告が被告会社の電車(以下、被告車という。)と衝突したため、運転者である被告田中に対して民法七〇九条により、被告田中の使用者である被告会社に対して民法七一五条により、また事故防止のための排障器を設置するべき義務があるのに設置せず安全配慮義務違反があるとしてそれぞれ損害の賠償を求めるものである。

第三争いのない事実

一本件交通事故の発生

1  発生日時 平成二年二月二二日午後二時一〇分ころ

2  発生場所 京都市右京区山ノ内北ノ口町一番地先(三条通光縁寺前)

3  被害者 原告(昭和五八年一月二九日生、事故当時七才)

4  加害車両 被告田中運転の、被告会社の電車(車両番号一二七)

5  事故態様 原告が本件事故現場の三条通を南方から北方に向けて横断中、被告車と衝突した。

二被告会社と被告田中の関係

被告会社は被告田中を使用し、本件事故は被告田中が被告車を運転中に発生した。

三支払い

被告会社から

四二九万六七八六円

第四争点及びこれに対する判断

一本件事故内容並びに過失割合

1  原告は、被告田中が前方不注意のため原告に気づかず被告車を運転したため本件事故が発生したものであると主張し、これに対して、被告らは、原告が付近の南北の信号機が赤色となっているのに走って横断し、走行軌道内に入り衝突したものであり、被告田中には過失がないと主張している。

2  証拠(〈書証番号略〉、証人西原征雄、被告田中)によれば、次のとおり認定することができる。

(一) 被告車が進行する三条通は、事故現場付近で東西の直線となっており、前方の見通しは良好である。そして、その中央を被告会社軌道が複線通行し、軌道及び車道が併用され、左右(南北)には歩道が設置されている。本件現場の西方向には、商店、民家及び寺院などが並んでいる。本件現場は、三条通と南北に通じる無名通との交差点付近である。そして、無名通は三条通で東西にずれて変則に交差し、横断歩道が設けられており、付近の京都市立山ノ内小学校の生徒の通学路に当たるので生徒の専用横断歩道と指定されており、東西の横断歩道に押ボタン式信号がある。事故日時ころ、事故現場付近は晴れから薄曇りになりつつあったけれども、明るく、特に、見通しが不良ということはなく、路面も乾燥していた。

(二) 被告田中はワンマンカーである被告車に乗客約六〇名を乗せて運転し、被告会社指示の時速約三五キロメートルをもって三条通りを東進し、別紙現場見取図一の①地点で、前方約六五メートル以上先の進行方向の信号機が青色であることを確認し、②地点で右前方5.2メートル先の対向車両と、続いて右前方6.1メートル先の対向車両と離合し、さらに一一メートル先の③地点に進んだとき右前方13.1メートル先の地点を原告が、右前方15.5メートル先の地点を森田康行が走って三条通りを北に横断しようとし、併用軌道のうち、南側の蚕社方面行き電車の軌道内にいるのを発見し、衝突の危険を感じ、急ぎ警笛をならし、ブレーキを掛けたが、原告らが被告車に気づかず、そのまま横断を続けたため及ばず、地点にいた原告と1地点で、甲地点にいた森田と2地点でそれぞれ衝突した。そして、被告車は40.6メートル東方に原告を引きずったまま⑥地点で停車した。

(三) 一方、原告は事故当時山ノ内小学校一年生生徒で下校途中であり、友人長谷川真佐典が先に三条通りを北方に横断し、三条通り北側歩道地点で待っていたので、森田とともに走り、三条通りを北方に横断し、被告車と衝突した。

(四) 被告田中は昭和一二年七月二二日生まれで、昭和四一年六月一七日に被告会社の電車運転手の資格を取得し、被告会社の電車運転手として勤務し、八月ころから事故発生場所路線を運転していたが、本件事故当時被告会社の四条大宮駅駅長西原征雄が嵐山線各駅駅長の休憩要員として出勤し、駅間の移動をするため被告車に同乗していた。西原は監督者の立場にあるので、運転手が定められた運転をしているか運転状況を監視するため、被告田中の右横に添乗し、被告田中を指導する仕事も併せ行っていた。そして、西原の被告田中に対する指導事項などは確認、換呼の励行、服装の整正とされ、運転する被告田中の横に立っていた。西原は原告らが走って来るのを目撃し危ないと大声をあげ、被告田中のほうを見ようとしたとき、ブレーキがかけられ、警笛が鳴っていた。また西原は、事故現場付近が京都市立山ノ内小学校の生徒の通学路に当たるので生徒の専用横断歩道と指定されていることを知っており、本件事故発生時刻ころが生徒の下校時に当たることも知っていた。

(五) 警察官による実況見分では、別紙現場見取図二の②’地点で右前方36.7メートル先の対向車’、32.1メートル先の対向車’の各地点に自動車を停車させてみると、この車両の陰となり、原告がいた南側歩道の’地点が見えにくいけれども、これより東方7.6メートルの地点からは原告を認めることができるとされている。また、レール面から被告車の床下面までの高さは60.5センチメートルである。被告車が時速三五キロメートルで進行し急制動したとき、制動距離は三九メートルであった。

以上の事実を認定することができる。

そうすると、本件事故現場は被告会社の電車の専用軌道ではないし、いわゆる併用軌道であり、そのうえ、付近の京都市立山ノ内小学校の生徒の専用横断歩道に当たっているのであるから、このような併用軌道において電車を運転する運転者は道路を走行する車両は勿論のこと、付近道路を歩行する者、ことに小学校の生徒の動向にも格別の注意を払う義務があるものというべきである。生徒の専用横断歩道に当たっていることは西原においても承知しており、被告田中は被告会社の電車運転手として二〇数年の経験を有しているのであるから、付近が小学校の生徒の通学路で専用横断歩道に当たっていることを認定していたものと認めるのが相当であり、この点において、より一層の前方注意義務が存するものというべきである。被告田中の運転する被告車の進行方向の信号機が青色を示していても、被告田中が本件現場付近の右状態を認識している以上、右注意義務を全く免れ、過失が存しないものとするわけにはいかない。

なるほど、被告田中の別紙現場見取図二の②’地点からは原告がいたと思われる地点が見えないけれども、被告車及び道路上の車両は常に移動しており、またレール面から被告車の床下面の高さが約60.5センチメートルであるので被告田中の眼の高さが地上約二メートルであることも考慮すると、見えないのもほんの一瞬であるから、前方注視義務を果たすなら時速三五キロメートルでの制動距離が三九メートル以前の位置で南側歩道もしくは北側に横断しようとしていた原告らを発見できる可能性が充分に存する。したがって、前示のとおりであれば、被告田中は原告を発見するのが遅きに失し、前方注視義務違反のため制動距離内に進行してから原告を発見するに至り、本件事故を発生させたものである。この点に被告田中の過失が存する。

本件において、被告田中の上位者である西原が同乗していたのであり、西原が被告田中の運転状況を監視、指導する仕事を行っていたのであるから、西原も、また被告田中と同様の注意義務を負うべきものと解するのが相当である。そして、西原が被告会社の従業員であり、被告田中を監督指導する立場からその横に添乗し、立っていたのであるから被告田中より眼の位置が高く見通しが良い筈であり、しかも右横にいたので右方から来る原告らの行動は見やすいと思われるのに、本件事故の際近くに来るまで原告らの行動に全く気付いていないことは、意外とせざるを得ず、西原の大なる過失と認めざるを得ない。また、西原の過失と被告田中の過失によって本件事故が発生したのであるから、両者は共同不法行為者であるとも言えるけれども、さらに、進んで本件事故における対原告との関係では、被告田中の上位者である西原の右立場を考慮するならば、西原と被告田中を一体であると見るのを妨げるものではなく、西原の過失は、即ち被告田中の過失内容となるものと見るべきである。このような次第で、西原及び被告田中の二名が被告車の前部にいながら本件事故を防げなかった、前方注視義務違反の過失は、黙視できず、全体として小さくないものと言うことができる。

勿論、左右前方を、信号を確認することなく、三条通を走って横断した原告の過失は、さらに大きいものがある。

したがって、本件事故における過失割合を、原告が七〇%、被告田中が三〇%と定めるのが相当である。

3  原告は、予備的もしくは選択的に、被告会社が併用軌道を走行する被告車に事故を未然に防止するため排障器、事故による被害を最小限度にする機器を設置しなかったため、本件事故並びに原告に対する重大な傷害を惹起させたものであり、被告会社に安全配慮義務違反の責任があると主張している。前認定のように被告田中に民法七〇九条による責任があるとし、被告会社に対して民法七一五条の責任があるものと判断する以上、被告会社に安全配慮義務違反の責任があるかどうかの判断をする必要はないが、一般的見解を明かにする。

(一) 証拠(〈書証番号略〉、証人横山末松、証人大橋幸信)によれば、次の事実を認定することができる。

ネット式救助器とロック・フェンダー救助器があり、現在、前者は故障が多いためか使用する電車は少なくなっている。京阪電車の場合前部の連結器の下部に太く前面を覆う形で救助器が設けられているものもあり、人を巻き込むことも、下から足が入ることもないと思われる。ところが、被告車はその前部に救助器が設置されているものの、前面下部を覆う形式となっているものではなく、中に入り込む危険性がある。原告の手足がどのような形で被告車の下部に入ったか明かでないけれども、連結器と救助器を取り付けている支柱の間から入ったとみられる。

(二) 鉄道事業法による普通鉄道構造規則一七六条では、運転室を有する車両であって列車の最前部となる車両の前部には、排障器を設けなければならない、排障器の下端とレール頭面との間隔は、レール頭面上の障害物を排除することができる適当なものでなければならないとされ、軌道法による軌道建設規程二三条によると、車両には救助器を装置すべし、但し新設軌道のみを運転する車両にありては救助器を装置することを要せずとされている。しかし、右規則、規程に排障器または救助器の名称を使用しても、その構造内容を詳細に示すわけではなく、いずれにせよ事故のとき障害物を跳ね飛ばすか、人または物を救いあげ人命を救助するのに役立つ機能を備えていなければならないと解すべきである。

本件の場合、人命は救われたものの原告は後記のように重篤な傷害を受けるに至ったものであるから、結果的にその意味においては完全無欠な機能を備えたものであったとはいえない。走行する車両に設置するという困難な点があるとしても、このような観点からみれば、本件類似の事故が発生する可能性があるのであるから、道路上その他公衆の通行する場所に設置する併用軌道を走行する車両には、より安全で、しかも排障並びに救助の目的を達するのにふさわしい排障器もしくは救助器の設置が期待されるところである。

二受傷、治療経過及び後遺障害

1  傷害

右大腿部轢断、右大腿部挫減創、左膝部挫減創、左大腿外側部、右上腕、右背部熱傷。右膝上切断及び右大腿断端形成術。

2  治療経過

事故日から平成二年八月二四日まで一八四日間京都第二赤十字病院に入院、退院後平成三年一一月九日まで実日数一一日間通院治療。

3  後遺障害

自賠責保険等級四級五号の1下肢を膝関節以上で失ったものに該当する。(〈書証番号略〉)

三損害

1  逸失利益(七六四〇万六一二六円請求

二六九二万一三六二円

原告の生年月日 昭和五八年一月二九日生

労働能力喪失率及びその期間 自賠責保険等級四級五号の労働能力喪失率は九二%とされているけれども、幸い原告に知的障害が存するとの証拠もなく、医師の診断(〈書証番号略〉)によれば、原告の後遺障害は自賠責保険等級三級に該当し、右下肢短縮(欠損)による歩行障害が残り、原告に対しては右大腿断端部の皮膚移植部に時々出血を認め、骨の成長とともに断端部が変化し、将来治療必要となるとしている。原告が将来職業を選択するにあたって右後遺障害はかなりの不利な条件であることは明かである。しかし、原告の後遺障害が自賠責保険等級三級のいずれにも該当せず、これは論外として、原告の年齢及び後遺障害の程度に鑑みると、原告は、就労可能な一八才から六七才までの四九年間、労働能力の五〇%を喪失するものと認めるのが相当である。

ライプニッツ係数 就労可能な六〇年

18.9292

就労始期 一一年 8.3064

右係数の差 10.6228

平成二年度産業計・企業規模計男子労働者学歴計平均年間給与額

五〇六万八六〇〇円

原告は右期間男子労働者学歴計平均年間給与額の収入を得ることができるものと認めるのが相当である。

そうすると、原告の逸失利益は二六九二万一三六二円(円未満切捨て)となる。

5068600×10.6228×0.5=26921362.04

2  付添費(八二万八〇〇〇円請求)

八二万八〇〇〇円

入院 一八四日間 一日四五〇〇円

3  入院雑費(三六万八〇〇〇円請求)

二三万九二〇〇円

入院 一八四日間 一日一三〇〇円

4  入院通院慰謝料(二〇〇万円請求)

二一〇万円

5  後遺障害慰謝料(三〇〇〇万円請求)

一五〇〇万円

以上の合計は四五〇八万八五六二円である。

四過失相殺

右損害合計を前示過失割合に従い減じると、一三五二万六五六八円(円未満切捨て)となる。

五損害の補填

右四の金額から第三の三の支払い額を差し引くと、九二二万九七八二円となる。

六弁護士費用(二〇〇万円請求)九〇万円

(裁判官小北陽三)

別紙現場見取図一、二〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例